2017年2月17日金曜日

勉強ができる人は能力が低い? 【休むに似てる自己啓発】

マジメなポク太郎の記事です。
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ここに書いてあることはポク太郎一個人の考えです。
これが“間違えのないもの”であるというつもりはありません。(人類が解明していないことも確からしさを予想して書いておりますので。)
何かを考える場合に、こういう風にものを捉える人間もいるんだと読んで頂けると幸いです。
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学校のお勉強が得意な人っています。

表現として、
「賢い」「頭がいい」「勉強ができる」「能力が高い」などの文言をよく聞くのでは?と思います。
言葉の意味の捉え方は千人一様ですので、ポク太郎の捉え方が伝わるように書きたいと思います。




事例その一

   スーパーなど人の多い場所で、知り合いを見つけて声をかけます。
   人がいっぱいいる場所ですからいろんな顔を見ているはずです。
   ですが、知り合いだと「誰々さん」と気付きます。知らない人だと何を思うこともありません。

   でも、知らない人の顔もほぼ全員見ているはずです。
   なぜかというと、全員見ていないと知り合いの顔も見ないことになるので気付くわけがないからです。
   つまり、知らない人は無意識のうちに自分の中で無視しているんだと思います。

   プログラムを書いているとこの現象に気付きます。
   プログラムで何かを探す場合は「全部調べて該当するものをゲットする。」これしか方法がありません。
   これは人間の脳も同じこと。“調べる(全員の顔を見る)行為を行わないと判断のしようがない”というヤツです。

   知らない人を見てから「この人知らない人」と無視に至るまでにかかる時間をR秒とします。
   このR秒が0.1秒なのか0.5秒なのか、人によってバラバラだと思います。
   ご自身で「この位だな」と納得する数字を思い浮かべてみてください。
   ポク太郎は0.5~1.0秒位かかっているのでは?と感じています。


   では、通常人間は何人位の顔を覚えているでしょうか。
   学校時代の大量の同級生、別の学年の子、会社の人間、芸能人からよくいくお店の店員さんまで。
   名前を知っている知らない、話をしたことがあるないは関係ありません。
   とにかく、「この人見たことがある」と分かる顔の数です。この数をN人だとします。
   うーん。3000人?
   ポク太郎はそんな感じです。皆さんはどうでしょうか。


   ここで考えます。

   知らない人を見たときにその人を無視する行為というのは、
   “R秒の間に「この人は自分の脳内にあるN人の中にいない。」”という判断を行うことです。
   経験的に考えてみてください。
   もしよくいくお店の店員さんが別の店で買い物をしている場面を見たとします。
   「あれ?この人見たことある…どこで見かけたかな…」と思いませんか?
   つまり、N人の中にいたから「この人知らない人」ではなくそのように思うわけです。


   ポク太郎は、R=0.5~1.0、N=~3000でした。
   この数値は人によって様々だと思います。皆さんそれぞれの数値を考えてみてください。

   R/Nが、その人が誰かを認識するために見た顔一つ当たりに費やす時間になります。
   すごい微小時間ですね。
   しかも日常的にこれを行っているわけですので、正解率はほぼ100%。
   見間違うのは、よほど風貌が違ってた、相当長い時間会わずにいた、他のことで頭がいっぱい等に限られます。

   もちろん人間はコンピュータではないので、
   何千を並べて「チガウチガウチガウチガウ…」と鈴木雅之さんのようにハイスピード判定をしているわけではないと予想します。
   例えば、大抵の人はポク太郎の顔を見た場合、脳内が快感を示す伝達物質で満たされます。
   そういうのって…キムタク?カネシロタケシ?数人しかいません。
   その数人だけ比較して「この人知らない人」と判定しているのかもしれません。
   または、頭の中にできた“印象”によって記憶が分類されており、
   該当しない“印象”が来た場合は無視するという構造になっているのかもしれません。


   どのようなやり方をしているにせよ、
   人間は微小時間に頭の中の数千人の中にその人の顔があったなかったを判定していることには変わりありません。


   ポク太郎はこのR/Nが小さい人を「生命体・人間として能力が高い」人と表現します。



事例その二

   Aさんがあなたの方を向いて喋っています。Aさんはたまに横を向いて喋ります。
   正面のときと横を向いたとき両方ともその声の主がAさんと分かりますか?

   もしAさんの声だと分かるようであれば、あなたは「生命体・人間として能力が高い」人とポク太郎は判断します。

   何を言っているかというと、
   正面を向いて喋る声と横を向いて喋る声、あなたの位置にマイクをセットして音声データをグラフに描くと別モンになります。
   オーディオ好きの方は詳しいと思いますが、
   声の高音成分と低音成分は波長が違うので、音の回り込みの挙動が違います。(回折できる角度が異なる)
   ですので、正面を向いたときと横を向いたときでは全然違う音が届いているのです。
   ですが、人間には聴いた音を自動補正する能力があり、両方ともその声の主がAさんだと分かります。

   かなり極端な書き方をしていますが、
   世の中にはポク太郎のように「生命体・人間として能力が低い」人間がいて、
   横を向いて喋るAさんの声を聴いて「なんか違う…」と気付くヤツがいます。自動補正の能力が他の人に比べて低いんだと思います。




やっと本題

長い前置きでした。ここから本題。


事例その一で挙げたR/Nが小さい人、大きい人を比べます。
     R/Nが小さい人…短い時間で判定します。
     R/Nが大きい人…長い時間を判定に費やします。
言い換えれば、
     R/Nが小さい人…自分が頭の中でどんな処理をしたか気付きにくい。
     R/Nが大きい人…自分が頭の中でどんな処理をしたか気付きやすい。

R/Nが小さい人は脳内で何かをしている時間が短いので、その分だけ“自分のしたこと”に対する印象が薄いのでそうなると思います。
大きい人は逆。

ポク太郎の表現する「生命体・人間として能力が高い・低い」
R/Nが小さい人 能力が高い 短い時間で判定 脳内で何をしたか気付きにくい
R/Nが大きい人 能力が低い 長い時間で判定 脳内で何をしたか気付きやすい
その他、能力の低い人ほど訳のわかんない違いに気付きやすいと思います。



生命体が何を要因としてどう変化するかというのは、この記事で書いております。
上の記事がポク太郎の考えの根底なんですな。もちろん正解の保証はないのですが。

人間には敵がいません。
つまりポク太郎の考えに基づくと、変化せず種類が増えるだけという結論に至ります。
人間はエジプト文明、ローマの時代から何も変わってないというのが持論です。
何千世代でも変わらない上に、古代文明から現在までたかだか250世代ですし。(20年で次の世代として計算)
頭の中も同じで、同じことを考えて同じことをして生きています。

変わったことといえば…
      飛行機を作って空を飛んだり、
      法治国家を作って集団で決まりを作ったり、
      貨幣経済を発展させて経済を回したり、
      月に行ったり。
そんなことです。

では、誰がその根底を作ったのでしょうか。
敵がいませんので大抵の人間は生き残れちゃいます。
      何もできないんだけど、数字にだけはやたらめったら強い、とか、
      何もできないんだけど、訳の分からない薬品のにおいを全部嗅ぎ分けられる、とか、
      何もできないんだけど、音の違いに気付いちゃう、とか。(ポク太郎のことではありませんよ。)

学問のスタートを作り上げたのは、このタイプの人間だと確信しています。
(脳みその形状による影響が大きいと思われますが、こちらを立てればこちらは立たずという普遍の真理を考えると、
どちらも兼ね備えるという現象があり得ないように思うので。)
上で書いた“人類の進歩”と考えられてるようなことを“良いこと”と捉える価値観のため、
子供を学校というところへ通わせるようになったのが、日本の場合は長くてここ100年くらい?(江戸の頃から既に熱心のようです)

学校のお勉強(特に受験勉強のことを指しています)というのは、
   心理学につながる国語の一部を除いてほぼすべて、
   1 + 1 = 2の積み上げで行います。
   人間が無意識下でやってのけちゃうような能力を使用しませんし、使用しちゃいけません。
   そういう能力は一切“無いもの”として排除しないといけません。
そういったものです。
(作り上げたのは↑のような人間と仮定して考えるとその方が矛盾が無いし、事実そうすると勉強ができるようになる)


「生命体・人間として能力が高い」人というのは、自分が頭の中でどんな処理をしたか気付きにくいと書きました。
“無意識のうちにやっちゃう”ってヤツです。
何をしたか気付いていない人に、教える側が「それをするな」と言っても本人は何を言われているのか当然分かりません。
学校のお勉強といっても結構種類・分野がありますので、統計的に考えれば、
そういう人ほど学校のお勉強がどちらかといえば苦手になるよう思います。



どう見ても劣っているのはポク太郎にも関わらず、学校のお勉強が苦手な友達を小さいときからいっぱい見てきました。
そうやって見てきて出した結論なんですが、
じゃあ「生まれによって全部決まってるってコトじゃないか。」というと、そんなことはありません。
(じゃあどうしましょう、どうしましたというのはまた別の記事で。)




以上は単なるポク太郎の考えですが、
ここで言いたいこと(特にくだらんビジネス本に向けて)は、

   目指したり、目的にしようとしてるにも関わらず、
   漠然と「頭がいい」「能力が高い」と中身も考えず一言で表してコトがうまく進むとは思えません。
   どんな中身を考えるかはその人次第ですし、どう考えるかも自由です。
   が、何を言い表しているかを自分の中で整理しないと矛盾だらけになるはずです。

   当然、世間一般で「能力が高い」という表現はこの記事で挙げた「能力」とは違うことを言っているはずです。
   では 世間一般で使っている「能力」とは何を指して、何を元にそれができ上がっているのでしょうか。
   まず整理する必要があります。

また、ポク太郎も含めてすべての人間はまず認める必要があると思います。

   「己のバカさ加減を知りて一歩目」


マジメなポク太郎の記事のはずが、偉そうなポク太郎の記事になってしまいました。
この記事を読んでしまったすべての方に言わせて頂きます。

         「申し訳ございません。


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