2017年4月13日木曜日

時代背景から見るテレビゲームの歴史【筐体、ハードウェアの事情】

時代背景と筐体、ハードウェアの事情から見たアーケードゲーム(業務用)の黎明期の歴史を振り返ります。

ふざけたポク太郎がマジメに考えます。今回はポク太郎もテレビゲームの記事を書いてみます。
ポク太郎です。

テレビゲーム好きが多いと聞いて、ポク太郎も書いてみます。オサーンが書く記事ですから当然テレビゲーム黎明期の話が主です。どこにでもある情報なので、時代背景とハードの構造などを絡めてみました。ご興味あればどうぞ。

アタリ社のブロック崩しが来日

'76~'77-なにコレ?時代

コンピュータというものがすこしづつ世の中に出回った時期。 まだ“パソコン”などという言葉はなく、計算機のことをオフィスコンピュータ(=オフコン)、マイクロコンピュータ(=マイコン)などと呼んでいた時代です。 ※現在は1チップICを“マイコン”と呼んでいますが、当時はテレビ画面+αの大きさでも“マイクロ”だったようです。記録方法は磁気テープでもなく、既に死語になっている“フロッピー”でもなく、用紙を記録データ(用紙に穴を空け、穴の位置でデータの意味を表す方式)として使っていたものがある程です。

そんな中アメリカのアタリ社から「ブロック崩し」と呼ばれるゲームが出回りました。壁で反射されるボールを打ち返し、ターゲットのブロックに当てて壊していくゲームです。著作権の概念も薄い頃ですから、日本のメーカ各社こぞって模倣しました。

「これ何なんだろう?」と普通の人は見ていたであろう時期です。

タイトーのスペースインベーダーとその時代の宇宙ゲーム

'78~'81-最大インパクト時代

時代をこういう区切りにしたのには理由があります。
'78にタイトーから発売されたスペースインベーダーが大ヒットを飛ばします。
刺青を入れた方々まで生産するためのICを求めて街中を駆け回るような現象が発生しました。

この時代には“アポロの月面着陸”という大きな出来事がありました。映画も宇宙を舞台にしたものが多く作られ“宇宙”というものが身近になった時代です。

今でこそゲーム画面には背景があるのが常識だと思いますが、当時は背景を表示なんてことはできません。
“キャラクターを動かす”という作業は、
   まず、キャラを消す。
   次に、移動先にキャラを描画する。
という作業を行います。ゲームですから画面上にキャラがたくさん出現しています。 全キャラに対してそれを行うわけですから計算能力が必要になります。 背景の中だったらさらに大変です。消されていた背景を必要な背景で元に戻さないといけないので。

そんな理由で、この時期のゲームの背景は大抵真っ黒です。
宇宙を表現する場合の色は“黒”。すごく都合がよいことです。なので、この時期のテレビゲームは「スペース~」「コズミック~」というタイトルのものや宇宙空間で戦争をするなどの内容のゲームが多く作られました。

また、この時代は“ゲームセンター”という概念がありません。アタリのブロック崩しで少し出回っていましたが、そうそう見かけるものではないと思います。一気に広めたのはタイトーのスペースインベーダー。テーブル型筐体を開発し、喫茶店に置きました。飲食もできるし、ゲームもできる。便利です。テレビゲームというものが一般的に認知され始めたのはこの辺りだと思います。

そうやって広まった事情もあり、他のメーカはインベーダーの筐体を利用して中のゲーム基板を入れ替え自分の作ったゲームを売ろうとします。インベーダーの筐体は縦画面でセッティングされています。テーブル筐体のガラスの蓋を空け、ブラウン管の縦横入れ替えることは可能ですがすごく面倒で危険です。ブラウン管には数千Vの電圧がかかる部位があり、電源を落とした後も電圧は残っていますので。ゲーム筐体というのは縦横入れ替えることを前提としていましたが、よくこんな代物販売してたなと今から思えばビックリしますw

そういった理由からこの時期のゲームというのはほぼ縦画面です。

「なんかキャラクターが動いてる、面白そう」と注目された時期です。

'78~'81代表作(影響力の観点で勝手に判定)
タイトルメーカ影響力
スペースインベーダータイトーテーブル筐体普及
ギャラクシアンナムコ鮮やかなグラフィックと滑らかな動き
パックマンナムコゲームキャラクターが一人立ち
スクランブルコナミ横スクロールシューティング
ムーンクレスタ日本物産ミサイルを連射できる
ギャラガナムコスーパーロングヒット
ヘッドオン(セガ)、ドンキーコング(任天堂)は敢えて外します。


ナムコが黄金時代を迎えた理由とスプライト(オブジェ)、ゲームの縦横画面に与えた影響

'82~'85-認知されたんじゃね?時代

テレビゲームが商売に使えそうと判断された時期。なお且つ、第ニ次ベビーブーム世代が小学生の時期。
ゲームセンターというものが広まり始めます。遊技場、ホテルのロビー、バッティングセンター等に当たり前のようにゲーム筐体が置かれます。

いける!と判断したのでしょうか。“ゲーム”というものの開発環境が揃い出します。
ゲーム画面には背景がなかったと書きましたが、専用回路でスプライト(業務用ではオブジェと呼ばれる)、背景画面のスクロールが実装されます。

スプライトとは、
画面を仮想的に複数枚持ちハードウェア(専用回路)が上から見た画像に合成してくれる機能です。
プログラマはスプライト上の座標にキャラを好きなように描く(スプライト1枚に1キャラ)だけで合成されて表示されるので、書き直すなどの処理は不要になります。(プログラマが合成、書き直す処理よりも専用回路の演算の方がめちゃ速い)加えて、背景をスクロールさせる作業もプログラマには必要なくなりました。

この時期はナムコの黄金時代です。

先進的でした。
テレビゲームというものが何の目的で存在するのかナムコはしっかり認識していたように思えます。稼働時間内にどれだけ稼ぐかが重要になりますので当然メーカはプレイ時間に目が行きます。これは仕方ないこと。ですが、ナムコだけは違っていました。

その要素が最初にハッキリと現れたのは先の時期のギャラガ。
ギャラクシアンの続編であるこの作品は、似すぎているためダメだコレと社内で評判されていたのは有名な話。

このギャラガのボーナスステージでは編隊がすっとんきょうな動きをします。初めてのプレイでは必ず混乱させられます。ですが、その動きを覚え、ミサイルを玉切れしないよう集中的に撃つ時・位置を見つけて練習するとパーフェクトを取れるようになります。
また、3面ごとにボーナスステージ、ステージ10毎に息抜きのように難易度が下がるように作りこまれています。

“ちゃんと考えながら練習すると見違えるようにうまくなる”
↑ナムコはこの快感を販売していたのです。この特徴は以降ずっと引き継がれていきます。

カプコンというメーカがあります。後にこの業界の絶対王者となるメーカです。
カプコンのゲームはグラフィックが非常に綺麗で「これ面白そう」と第一印象のよいゲームばかりでした。 この時期のカブコンのゲームは、バルガス、1942、ソンソン、エグゼドエグゼス、戦場の狼、…。やってみるとわかります。単調極まりないものですw戦場の狼というゲームにいたっては呼吸をする暇もないほど単調に忙しい、エグゼドエグゼスに関してはゲーム基板まで所有していましたが、いつどこにどのキャラは出現、ボスがどんなのなど全く記憶がありません。
カプコンを例に出しましたが、他のメーカもほぼ変わりません。ナムコと比べ明らかな実力差がありました。

昔はものの開発や流通に時間が掛かりましたので、世の中はこの後しばらくナムコの黄金時代のゲームで遊んでいくことになります。

“遊びをクリエイトするナムコット”←アー…なるほどね。


この時代はまだ書くことがあります。(長い長いw)

業務用のアーケードゲームに対し若干遅れて家庭用のゲーム機が出回りだします。最初は任天堂のゲームウォッチ、学研、バンダイなどから発売されていたLSIゲームなどから始まり、いよいよ任天堂のファミリーコンピュータです。

基本的に業務用ゲームの移植です。発売当初出されたソフトは、ドンキーコング、マリオブラザーズ、ポパイ、…。まぁ自社の業務用からの移植です。それでも十分だったところへゼビウス(ナムコ)、スターフォース(テーカン:ハドソンが移植)が登場。

業務用メーカとしては家庭用へ移植することを前提にした方が利益が出ます。
それを考慮してなのか、この時期の後半から業務用のゲーム筐体が縦画面→横画面へと移っていきました。この時代を牽引していたナムコは、この時期後半からほとんどは横画面のものになりました。

先の時期にスクランブル(コナミ)というゲームがあります。
スクランブルというのは縦画面の横スクロールシューティング(横シュー)。水平に撃ち出されるショットと地面に向かって爆撃するミサイルを使って進んでいくゲーム。縦画面で横へスクロール…狭っ!横画面が浸透するのを待っていたかのように大ヒット作グラディウス(コナミ)が発売されます。これ以降、横シューとして他のメーカからたくさん発売されるようになります。

また、家庭用オリジナルのスーパーマリオブラザーズ(任天堂)、ドラゴンクエスト(エニックス)、ファイナルファンタジー(スクウェア)が大ヒット。

隠しステージを探したり、冒険をして経験値を貯めていくという時間のかかる家庭用ならではのタイプ。家庭用オリジナルでの大ヒットが出た時期です。

「練習するとできるようになる、面白そう」と注目された時期です。

'82~'85代表作(影響力の観点で勝手に判定)
タイトルメーカ影響力
ゼビウスナムコストーリー設定まであるゲーム観、隠れキャラ
グラディウスコナミ味方を遠隔操作、無敵な味方
スーパーマリオブラザーズナムコ隠しステージ、リズミカルな操作感
ドラゴンクエストエニックスそうそうたるメンバーで開発、超一流の音楽


表示能力の向上でキャラの遠隔操作と横スクロールシューティングによる縦横画面への影響

'86~'88-ビジネス一応できてるよ時代

“バイオテクノロジー”、“ファジー”などの言葉が流行っていた時期。表現力が高くなり、無機質な飛行機、ロボットといったキャラクターから生命体をモチーフにしたキャラクターがうねうね動くように。

グラディウス(コナミ)の影響を受け、たくさんの横シューが発売されました。画面いっぱいにキャラが表示できるようになり、自分の味方を遠隔操作してフォーメーション。パターンを作って突き進むものが主流になりました。
光っていたのはR-TYPE(アイレム)など。グラディウス(コナミ)の続編である2、3、パロディウスなどが発売された時期です。

また、表示できるキャラクターが大きくなりベルトフロア型(人間のキャラが横スクロールで進んでいく形態)も多かった時期です。そのタイプをよく発売するカプコンの影響が大きくなっていった時期でもあります。こちらもパターンを作って覚えるタイプのゲームです。

「このシーンがグラフィックが観たい」という欲求を対象にした状態になり、連射機能を筐体に搭載するゲームセンターも出てきたりと、ゲームのプレイ自体が作業的になってきた時期。

アミューズメント業界の巨人タイトー、ナムコ、セガがニッチ分野から脱却しようとしたのかカラオケ、テーマパーク、大型筐体の分野に力を入れ出し、すっかり影が薄くなった時期でもあります。

ハードウェア的にはこの辺りから各社家庭用の機械のようにシステム基板を作ってゲームだけ入れ替える方法が主流になってきました。

家庭用ではファミコンが能力的に限界を向かえ、16bit機(基本的に業務用ゲームの移植)に移っていった時期。

「攻略の仕方を覚えて地道に作業すると色んなシーンが見れる、面白そう」と注目された時期です。

'86~'88代表作(影響力の観点で勝手に判定)
タイトルメーカ影響力
R-TYPEアイレムタメ撃ち
グラディウス2コナミ作業プレイのための安全地帯探し


バブル崩壊で勘違いされるゲーム業界と対戦型格闘ゲームの幕開け

'89~'91-注目ビジネス時代

日本のマンガが世界中で読まれてる、ゲームの業界は日本が独占などと報道され出した時期。
失われたうん十年の開始地点で世の中お先真っ暗、外食産業が節約料理と称し、もつ鍋押ししていた時期。なんでわざわざ外食してもつ鍋食うんだよ。

横シューとベルトフロア型が二分する時期。

横シューは名作の続編、ベルトフロアはファイナルファイト。
各メーカ猫も杓子もファイナルファイトのパクリ。カプコン自身もそればっかり。

どこのメーカもニッチ分野を脱却したい意向の表れか、複雑な操作に慣れない顧客をターゲットにし出した時期。落ちものパズルが数多く発売されています。

この時期の最後にとんでもないのが出現します。ストリートファイターII(カプコン)、“スト2”です。カプコンを絶対王者にした作品です。

これ以前のゲームはコンピュータが相手でした。結局コンピュータ相手では覚えるだけです。ですが、スト2は対戦型格闘ゲーム。ここからは人が相手になります。乱入プレイ、見知らぬ人とプレイ。それ以前から考えるとあり得ないことです。

負けると即ゲームオーバー。お金がどんどんなくなっていきます。
この時期のカプコン提供のテレビ番組は何かに付け賞金を配りまくっていました。まさに成金。
これが世の経営者に勘違いをさせました。「ゲーム産業は不況に強い。」 絵をかけるというのが凄い才能(ゲームに使えるから)という風潮になったのもこのあたりです。

ちなみにベルトフロアの大ヒット作ファイナルファイトは、 ストリートファイターIIの計画当初、ハードの記憶容量が足りず、データを削ってできあがった副産物とのこと。

その頃、何かのパクリっぽいゲームがあるので見ていたら「namco」と言う文字が。
なんかこの名前見たことあるなぁ…、…………、!!!!!。」
そのくらいナムコの影が薄くなっていた時期です。もちろんその後のプレイステーションでの業務用基板採用を足がかりにリッジレーサー、鉄拳で復活していますが。

家庭用ではスーパーファミコンが登場。

「コンピュータではなく相手は人か、面白そう」と注目された時期です。

'89~'91代表作(影響力の観点で勝手に判定)
タイトルメーカ影響力
ファイナルファイトカプコン簡単操作で快適連続技
ストリートファイターIIカプコン見知らぬ人と対人戦

'92~ずっと続くけど省略

この後、大きな動きとしてはポケモンが発売されます。
コレクション欲求を狙ったものではないかなと思っています。その世代が青年期に入る頃モーニング娘、AKB…。
多分色々つながっていくんだと思いますが、オサーンは既に干乾びているのでここらで退場することにいたします。


アーケードマシンの表示能力の向上で廃れるドット絵

最後に自分語り

昔々はテレビゲームが大好きでした。ピコーン!ピコーン!プシューン!の時代です。
ドット絵が大好きだったので。

時代と共にどんどん記憶容量が増え表現力が上がっていきました。
「こんな表現できるのか。すげぇ!これ!」とハマってはいたのですが、いつの間にかドット絵がアニメの絵に完全に置き換わりました。その付近から離れることになったのですが、パックマン、ギャラクシアンに登場するキャラクターのドットパターンは今でも覚えています。

“ゲームは楽しかった”という強い記憶が残っているので試しに新しいゲームをすることはあるのですが、すぐに、うーん…と止めてしまいます。昔はよかった…などと取り残された年寄りになってしまいます。

商売道具ですから当然のことですが、アーケードゲーム基板は20万円以上する高価なものです。 高性能CPUにEEPROMも大量に積み表現力が凄い。家庭用のゲーム機なんて足元にも及びませんでした。そこに価値を覚えて、「アーケードゲ-ムがイイ!」と思っていたのに、表現力が高度になりすぎて、「昔のドット絵がイイ!」にチェンジ。

勝手なもんですw

ゲームのことを書き出したらあまりに長すぎる文章になってしまいましたので、色々省きました。 この記事には出てきてない名前がいっぱいあります。また今度、別の観点から書こうと思います。

※記憶に頼って書いているので、各メーカの社名は当時のもので表記してあります。


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2 件のコメント :

  1. 昔『バンゲリングベイ』と言うゲームにハマった記憶があります(歳バレるぞw)
    最近のゲームは『ゲーム性』より『ビジュアル性』を重視しているモノが多いので自分も滅法やらなくなったのですが、今のゲームは『ゲーム』と思えないくらいリアル感が半端ないモノが沢山ある様です(バイオハザードは最早ゲームの領域では無い・・・)

    個人的には『操作性が悪くても、腕を磨く』と言う時代や、高橋名人やら毛利名人やら凄腕のゲーマーが居た時代が懐かしいと最近つくづく思います。

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    1. >ゆうちんさん
      2Pコントローラに向かって叫んでましたか?w
      あそこまで凄いとちょっとやばいですよね。>バイオハザード

      長い長い記事を読んで頂きありがとうございました。
      (前日更新しなかったのは長すぎて省く作業に非常に手間取ったからw)

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